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富山の薬

私が幼い頃(1960年代)富山の薬売りが行李に売薬をいっぱい詰め込んで行商に来た。
これは、古くから富山県にある医薬品配置販売業の通称である。

小さな子供がいる家庭には紙風船のプレゼント。そこには薬品会社のロゴと連絡先が印刷されており,それが幼心には楽しみだった。
3か月から半年に1回家庭訪問をして無くなった薬や足りなくなりそうな薬を補充してその分の代金を支払うシステム。

その始まりはというと、室町時代までさかのぼる。1455年の中原康富の『康富記』に記載がされている。「諸薬商買の千駄櫃申し間事談合とするなり。薬売るもの施薬院相計る所なり。」となっている。
他には、薬を扱う商人が京都の四府賀興丁座に存在したという記述が、『御府文書』には1460年頃の話と紹介されている。

17世紀の後半ごろ、この時期の富山藩は2代目の藩主である前田正甫の治世の時代であった。
彼は薬に興味をもっていることが進んで、研究を重ね、ついには富山で胃痛や腹痛などにとても効果があるということで有名な「反魂丹(はんごんたん)」を作りだした。この薬を行商人が全国を回って広めていった経緯がある。
この頃の反魂丹だが、特によく作られていた地域は今の大阪府にあたる和泉国であった。
その名残か大阪市中央区道修町(どしょうまち)というところは、今でも薬の製造工場や問屋が多く集まっていることで知られている。

話が前田正甫に戻る。彼の逸話に江戸城腹痛事件というのがある。
これは、1690年に江戸城にて福島県三春藩主の秋田輝季が腹痛を起こした。
そこに前田正甫がきて反魂丹を飲ませたところ、ものの見事に痛みがとれたという話である。

「富山の薬売り」も現代は薬事法改正により株式会社として運営されている場合が多い。
今でも我が家には箪笥の上に富山の薬箱が乗っている。